邪道ドラマー、ダイキの情報発信。かつてMitsuと共に「きとね市」を主催していたが2016年春に一旦終了した。「青い森商店」で一時期コーヒーを淹れていたが今はもろもろ休止中&あれこれ修行中。


by ydgk

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初期衝動


ところでアートのはなしだけど、今日は病的にとまらないのでさらっとブログ見に来た人はあきらめてください。

大竹伸朗、アートのせかいで初心のまま極までいき続ける、珍しい人だ。俺大好きで。
絵が音っぽいというか無音の音というか、みてていいんだよなあ。
歯ざわりじゃなくて目ざわり、ああ目ざわりじゃだめか。とにかく目にいろんな音色が飛びこんでくるというか。






結果としての作品は
何でもいいっていうんじゃなくて、絵に、あるテンションがかかるまで描き加えたり保留したりしながら複数の作品が同時進行していくらしい。ようなことを雑誌で読んだ。
もちろん手を加えすぎたらその瞬間はとたんに逃げていくんだろう。
誠実さと狂気。アートって面白いんだなー。

91年彼の画集[SO]が出るとき、その制作にかかわっていたデザイナー、故・岡本綾子さんの部屋に俺いそうろうしてたので、出版記念パーティーにも行けた。
さっさっさっとサインと絵を本に描いてくれたんだけど、そのタッチが子供でもなく大人でもないっつーか、
さーっさっさーっとしてて・・・いや、サインだからだけど。
毒はありそうで態度はとてもあっさりしてた。
俺の当時のバンドらの打ち上げで乱闘騒ぎになった話にウケていたのが印象的だった。
いつも俺に疑問を投げかける、ただの紙でも、俺にとってのリアルなモノ、その本はボロボロだけど家宝です。

さて、本の帯ってたいてい嫌いなんだけど、
[SO]の帯はリスペクトに満ちていて、いまだシオリにしてる。
この場を借りて勝手に無理矢理紹介する。帯だからいいだろう。




大竹伸朗は真の世界作家である。その制作活動は空間と時間の境界を超え、多様な文化と美術的背景から抽出されたものでありながら、現代としてのソウルを、あるいは日本的心情を失っていない。そして日本において現代的であることは未来的であることであり、すなわち大竹伸朗は世界的作家でもある。20世紀初頭のダダの基本概念を彼は、我らの目の前にいま開きかけた21世紀の視点に蘇らせる。大竹は多産であり、オリジナルであり、物議をかもす存在である-アーティストの仕事とは常に、差異を生み出すものであるという意味において。ブライオン・ガイシンの「カットアップ」技法は、大竹のうちにふさわしい信奉者を見出した。彼はその意味と適用をアートとアーティストの新たな世代へと拡張する。大竹伸朗のアートは、宇宙へのかけはしなのだ。  ウィリアム・バロウズ




世界のどこに出しても引けをとらないアーティストは日本では大竹だけだ。そのうえ彼はパンクな野郎でもある。あのギラギラした目は本物なのだ。  坂本龍一




地表からほんの僅かな高さの中空に、大竹伸朗は垂直に倒立して、地上の塵埃を眺めている。表面の猥雑さが、このように汚れのない諧調にまで高められる逆説の前に、私は、言葉もない。  武満 徹




シンローはいま、この世でいちばんいい仕事をしている芸術家である。時流にとらわれず、溺れず、その旺盛なエネルギーと幾分の稚気をないまぜにした世界が、この作品集に凝縮されている。  筑紫哲也




六歳から三十五歳まで大竹全作品を眺望するとき、彼が豊饒なる精神錯乱者であり、無礼な路上生活者であることが知れる。  藤原新也








・・・・・ああつかれた。いや、まだまだ!帯の背は、たぶん都築響一だとおもうんだけど・・・ちがうかな?








大竹伸朗は、常に戦うものでありつづけてきた。頑迷な美術教育と戦い、他と異なる生をいきるものに徹底して冷たい日本の日常と経済的苦境と戦い、無理解を隠そうともしない現代美術エスタブリッシュメントと戦い、いまもそのように戦うアーティストでありつづける。
大竹伸朗作品集[SO]は、その幅広いアーティスト活動を体系的に網羅した、1991年時点におけるカタログ・レゾネである。全354ページ、オールカラーで収められる作品は約800点にのぼり、またユニークな筆致で知られるその文筆活動の作品も、主要なものはすべて収録、さらに書き下ろしを含めて約1000枚の原稿量を収録。1960年代初期、小学生時代の予感に満ちたスケッチやデッサン、美大に絶望し飛び込んだ牧場の厳しい生活の中でわずかに残されたドローイング、ニューペインティング現象として一瞬騒がれ、美術メディアの記憶喪失によって見事に忘れ去られた初期の油彩作品群、ロンドン、ニューヨーク、ケニア、バリなどさまざまな旅の記憶が充填されたコラージュ・ノートブック、そして宇和島の港で出会った廃船や工業素材との交感から生み出された荒々しく繊細な立体作品にいたるまで、過去の個展ではわずかな一面ずつしか紹介されなかった彼の優れて多面的な活動、制作と生活の軌跡のすべてが、この一冊にはおそるべき密度で凝縮される。

定価=9.800円(本体9.515円) UCA宇和島現代美術


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・・・・・アートってハンパにはできないんだねー。いや、なろうと思ってなれるもんじゃないなこりゃ。
俺関係ないけど立ってキーボード打ってます。
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by ydgk | 2009-02-27 03:37 | ▲不法映像

ピース!

毎週水曜夜のジェンベ・ワークショップの会場、Mix Bar PEACE
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恩納地区の会場は、もともと「地球屋(現 うら庭)」にはじまり、
恩納村商工会」を経てたどりついたところ。
ジェンベ太鼓だけでなく、我がパンクバンド、ラグスもここで練習し、ライブを重ねた、縁の深いところである。
起伏の激しい立地条件にD.I.Yで立ち向かい、
広いウッドデッキとコンテナをつなげて創ったライブハウス、
沖縄本島中部ではかなり貴重な存在だし、
じっさい、
ほぼ58号線沿い、グラウンドを越せば海、
臨場感たっぷりのライブハウスなのに
デッキでゆっくり出来る、と、

内地のミュージシャンにもオススメできる場所なのだ。
オーナーはジュン、ひろーい愛情でたくさんのイカレポンチどもを包み込む。

太鼓ワークの人はドリンク百円引き、ソフトなら200円で飲める。
俺は最近ホットココアだ。
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by ydgk | 2009-02-20 03:37 | ▲他

こんな時代にこそ。


表現をして、あるていど売れなくては困るけど、ヒトハタあがればそれでいいわけでもないだろう。

俺が好きな表現者達も有名無名いろいろいる。
貧富にかかわらず暮らしとの戦いはついてまわるだろうが、
自身の表現との戦いが作品の生き死にを左右すると思う。

うぉー、絶対CD買って聴くぞ!

バンドのボーカルから教えてもらった友川カズキ。
内容は暗くても、そのたたずまいはサラリとしている。
自分でも不思議なくらい、変わってるとか気持ち悪いといったネガティブな印象は受けない。いい!




俺も「夢のラップもういっちょ!!」と家で叫んでしまうが、南こうせつの見解とは異なる。
あーとにかくかっこよくて深い友川カズキ。
あいまいないい方だが彼のギターのビートからは「ジプシー」という言葉が浮かぶ。

バンドスタイルのときはあの頭脳警察のドラマー、石塚俊明などが参加しているようだ。
よーし、ライブに出会えるまではCDだ!


友川カズキのファン・サイト
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by ydgk | 2009-02-17 14:58 | ▲不法映像

MOVE OVER

クラシックも音楽的衝撃を受けたジャンルだけど、
ホールでは拍手をしてはいけないタイミングがあるとか聞いていて、
ライブにはほとんどいったことがなかった。


数年前テレビを見てたら、クラシックの野外ライブがながれた。

ベルリンフィルハーモニーオーケストラ+ゲストと言う趣向で
毎年恒例のピクニックコンサートらしく、芝生の上の観客は
肩に手を回してたり花火をしてたりと、ラフだったのでおどろいた。。

で、ゲストにサラ・チャンが現れて・・・あわててビデオテープに撮った。今ではテレビもビデオもないが、あらためて動画をみて、全体のノリに感心する。
踊ってる人とかいなかったのかな。爆音でどうぞ。
carmen fantasy









彼女にするにはちと性格がキツそうだが、
指揮者とも楽団ともがっぷりよつに向き合う態度がいい。テクニシャンというより音に出し惜しみがない。完璧さと言うより野性だ。コシがあって血なまぐさい。

一瞬全体にあわせては引っぱりあげてをくりかえすスピード感タイム感。。
テンポ調和のストライクゾーンを押し広げつつなだれこむ。ビは乱調にあり。いや速すぎるか。

それでエンディングはぐいっとタメてるんだから恐れ入る。
やっぱ技術より感性だ。
おれノイズミュージックも大好きだし。

この記事二回目の人、これもどうぞ。個人的にすきなんです。こっちは静。
meditation from thais



さらに、
味のある指揮者だなーと思って検索したら、テノール歌手のプラシド・ドミンゴだった!
ハタチそこそこのサラとベルリン・フィルは初共演だったようだ。よくやるねー。
ベルリンフィルの歴史もまた面白かった。
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by ydgk | 2009-02-06 03:23 | ▲不法映像